『逃げ上手の若君』第2期EDは、ぼっちぼろまる「ロマンティックがほしいなら」。日向坂46の小坂菜緒、正源司陽子、藤嶌果歩を迎えた書き下ろし曲だ。
2026年7月17日に全国フジテレビ系「ノイタミナ」で放送を開始したTVアニメ『逃げ上手の若君』第二期。そのエンディングテーマを担当しているのが、ぼっちぼろまる「ロマンティックがほしいなら feat. 小坂菜緒, 正源司陽子, 藤嶌果歩(日向坂46)」だ。
第一期ED「鎌倉STYLE」に続き、ぼっちぼろまるが二期連続でEDを担当。ただ続投するだけではなく、第二期では日向坂46の3人をゲストボーカルに迎え、恋心や嫉妬をポップに描く方向へ大きく舵を切っている。
しかも、この3人の名前は主題歌発表時には伏せられていた。
なぜ第一期と同じアーティストを続投しながら、これほど違う曲になったのか。そして小坂菜緒、正源司陽子、藤嶌果歩の参加はEDに何をもたらしたのか。
ここでは公式発表の内容を整理しながら、第2期EDが『逃げ上手の若君』という作品にどう作用しているのかまで掘り下げていこう。
『逃げ上手の若君』第2期EDは何の曲?放送・配信情報も整理
『逃げ上手の若君』第二期のEDテーマは、ぼっちぼろまる「ロマンティックがほしいなら feat. 小坂菜緒, 正源司陽子, 藤嶌果歩(日向坂46)」だ。
第二期は2026年7月17日から、全国フジテレビ系「ノイタミナ」で毎週金曜23時30分に放送開始。原作は松井優征の漫画『逃げ上手の若君』で、アニメーション制作は第一期に続いてCloverWorksが担当している。
まず主題歌周辺の重要事項を整理すると、こうなる。
- 第二期放送開始:2026年7月17日
- 放送枠:全国フジテレビ系「ノイタミナ」
- OPテーマ:中島健人「鬼事」
- EDテーマ:ぼっちぼろまる「ロマンティックがほしいなら」
- ゲストボーカル:小坂菜緒、正源司陽子、藤嶌果歩(日向坂46)
- ED配信開始:2026年7月18日
- CD発売日:2026年8月19日
- CD価格:2,500円(税込)
- 品番:AICL-4932
ここで正確に区別しておきたいのが、アニメの放送開始日とED楽曲の配信開始日は同じではないという点だ。
第二期初回は7月17日23時30分から放送され、「ロマンティックがほしいなら」の楽曲配信は翌7月18日にスタートしている。
EDそのものが発表されたのは、その1週間ほど前となる7月11日だった。
ただし、この段階で発表されたタイトルは「ロマンティックがほしいなら feat.????,?????,????(日向坂46)」という形。
つまり、日向坂46から3人が参加することだけを先に明かし、具体的なメンバー名は初回放送まで秘密にするという仕掛けだったわけだ。
そして初回放送を経た7月18日、参加者が小坂菜緒、正源司陽子、藤嶌果歩であることが正式に公開された。同日にはED楽曲の配信に加え、ノンクレジットのED映像も公開されている。
これ、単なる情報解禁の順番に見えて、ファンマーケティングの視点ではかなり面白い。
普通なら「新ED決定」と「参加アーティスト」を同時に出したほうが、一度の発表としてはインパクトを作りやすい。
でも今回は、あえて答えを残した。
「日向坂46の誰なんだろう?」という小さな疑問を初回放送まで持続させ、主題歌の情報解禁そのものを視聴体験の一部にしているんだ。
『逃げ上手の若君』は、敵から逃げる駆け引きや正体を隠す緊張感、次に誰と出会うか分からない展開を楽しむ作品でもある。
だから「誰が歌うのかを放送まで伏せる」というプロモーションは、作品本編とは直接関係しないながらも、“答えを見るまで待ちたくなる”という意味で相性がいい。
主題歌発表をニュース一回で終わらせず、7月11日の発表、7月17日の初回放送、7月18日のメンバー公開と配信開始へ段階的につないだことが、今回のED企画の最初の注目ポイントだ。
「ロマンティックがほしいなら」はどんな曲?第一期EDとの違い
「ロマンティックがほしいなら」は、『逃げ上手の若君』のために書き下ろされた楽曲だ。
ぼっちぼろまるは原作連載開始当初から『逃げ上手の若君』のファンで、第一期ED「鎌倉STYLE」に続いて第二期でも作品のエンディングを任されている。
ただし、第一期の成功パターンをそのまま繰り返した曲ではない。
ぼっちぼろまるは第二期EDについて、今回はラブリーな楽曲を作りたいと考えていたこと、そして「やきもちガール」を軸にしたラブリーでキュンキュンするポップソングに仕上げたという趣旨を明かしている。
この「やきもち」というキーワードが重要だ。
『逃げ上手の若君』と聞くと、北条時行、鎌倉幕府滅亡、足利尊氏、諏訪頼重、鎌倉奪還といった歴史的な要素を真っ先に連想する人も多いと思う。
でも第二期EDが拾ったのは、そうした大きな歴史そのものではない。
恋をしたり、嫉妬したり、誰かを意識したりする、もっと小さくて個人的な感情なんだ。
ここに僕は、この曲の面白さがあると思っている。
『逃げ上手の若君』は歴史上の人物を扱う作品だけど、登場人物を教科書の中に閉じ込めない。
時行たちは笑うし、焦るし、照れる。
仲間同士でふざけるし、人間関係に揺れる。
歴史の巨大な流れを描きながら、そこに生きている人物にはちゃんと「今日の感情」がある。
だから、戦乱を描くアニメにラブリーなEDを置くことは、必ずしもミスマッチじゃない。
むしろ本編が歴史のスケールを大きくするほど、EDで個人的な感情へ戻る意味が強くなるんだ。
第一期の「鎌倉STYLE」から同じ方向をさらに強くするのではなく、第二期では恋愛感情を入口にキャラクターの体温を拾う。
僕には、この方向転換そのものが「二期目らしい進化」に見える。
同じアーティストだから作品との連続性は失わない。
でも同じことはやらない。
シリーズものの主題歌で意外と難しい、この二つを同時に成立させているんだ。
なぜ日向坂46の小坂菜緒・正源司陽子・藤嶌果歩が参加した?
今回のEDで最大の特徴と言えるのが、日向坂46の小坂菜緒、正源司陽子、藤嶌果歩という3人のゲスト参加だ。
ぼっちぼろまるは、ラブリーな楽曲を作ろうと考えていた時期に日向坂46のライブを見る機会があり、そこで輝いていた3人へオファーしたという経緯を説明している。
つまり、単純に知名度のあるアイドルグループをタイアップ相手として選んだ、というだけではない。
先に楽曲の「ラブリー」という方向性があり、その表現に合う歌声として3人を迎えた構図なんだ。
実際、小坂菜緒はレコーディングについて、普段あまり歌わないタイプの楽曲だったため新鮮だったことや、さまざまな種類の「かわいい」を意識して歌った趣旨を明かしている。
ぼっちぼろまるからも、小悪魔的なニュアンスなど複数の方向性についてディレクションがあったという。
ここは、曲を理解するうえでかなり大事な情報だと思う。
単に「女性ボーカルを入れてかわいくした」のではない。
声をキャラクターのように演じ分けることで、“やきもちガール”という曲の人格を立ち上げていると考えられるからだ。
正源司陽子はもともとアニメをきっかけに『逃げ上手の若君』へ触れ、作品を好きになっていったことをコメントしている。
小坂菜緒も漫画から作品に触れており、アニメのテーマソングを歌うことが夢だったという趣旨を語っている。
そして藤嶌果歩は、小坂、正源司と3人で歌えた喜びに加えて、この曲をきっかけに作品へ触れる人にも楽しんでもらいたいという思いを示している。
この3人のコメントを並べてみると、今回のコラボが面白い理由が見えてくる。
アニメ側が日向坂46のファンへ届く。
日向坂46側から『逃げ上手の若君』へ入ってくる人が生まれる。
さらに、ぼっちぼろまるの音楽を初めて意識する人もいる。
つまり一つのEDを中心に、アニメ、アーティスト、アイドルという異なるファンコミュニティーの入口が交差しているわけだ。
そして正式な曲名が「feat. 日向坂46」だけではなく、「feat. 小坂菜緒, 正源司陽子, 藤嶌果歩(日向坂46)」と3人を個人名で示していることにも注目したい。
聴き手は「日向坂46が参加した曲」と一括りにするだけではなく、「どの声が誰だろう」「この表現が好きだ」と、一人ひとりの歌唱を意識できる。
アニメソングは映像だけでなく、声の関係性でもキャラクター性を作れる。
今回のEDは、まさにその特性を使った楽曲と言えるだろう。
第一級ED「鎌倉STYLE」から第2期はどう進化した?
ぼっちぼろまるは第一期ED「鎌倉STYLE」に続き、第二期もEDを担当している。
第一期から同じアーティストを続投させることには、大きなメリットがある。
「この人の曲を聴くと『逃げ若』を思い出す」という、作品と音楽の結びつきを育てられるからだ。
実際、「鎌倉STYLE」は第一期を象徴する音楽の一つになり、クランチロール・アニメアワード2025では最優秀エンディング賞のノミネート作品にもなった。
そこで第二期も同じアーティストを起用する。
ここまでは、シリーズとして分かりやすい選択だ。
面白いのは、その先。
第二期で「鎌倉STYLE」と似た曲を作るのではなく、「ロマンティックがほしいなら」というまったく別の切り口を選んだことなんだ。
シリーズ作品で同じアーティストを続投すると、「安心感」は生まれる。
一方で、前作と似すぎれば「またこの感じか」というマンネリにもつながりかねない。
逆にアーティストを毎回完全に変えれば新鮮だけど、音楽面でのシリーズらしさは薄くなる。
第二期EDは、その中間をかなり巧みに取っている。
ぼっちぼろまるという“音楽的な顔”は残す。
でも日向坂46の3人を迎えることで歌声の構造を変える。
さらに楽曲テーマも、第一期とは違う「ラブリー」「やきもち」「ロマンティック」へ振る。
脚本の作り方にたとえるなら、主人公は変えずに新しい人物関係を投入するようなものだ。
物語の中心軸を残したまま、関係性を変えることで新しいドラマを生む。
だから第一期を知っている人には「帰ってきた」という安心感がありながら、「今度はそう来たか」という驚きもあるんだよね。
そして第二期EDの展開は、通常版だけでは終わらなかった。
2026年8月8日には、諏訪神党三大将による「ロマンティックがほしいなら」のカバーソングも公開された。
歌唱したのは、海野幸康(CV.楠大典)、祢津頼直(CV.三浦勝之)、望月重信(CV.三宅健太)の3人だ。
これがまた、すごく『逃げ若』らしい。
「やきもちガール」を軸にしたキュートなポップソングを、作中の武将たちにも歌わせる。
歴史ものとしての武骨なイメージと、現代的なポップカルチャーのノリを正面衝突させ、そのギャップ自体をエンターテインメントにする。
考えてみれば、『逃げ上手の若君』本編もずっと似たことをやっている。
中世日本という歴史的背景を本格的に扱いながら、人物のリアクションや演出には極めて現代的な感覚を入れる。
シリアスな戦いの途中でも笑いを挟む。
歴史上の人物を、ときに強烈なキャラクターとして誇張する。
その意味では三大将カバーも、本編から離れた突飛な企画というより、『逃げ若』の「歴史を現代のエンタメとして遊ぶ」精神を音楽へ移したものと考えられる。
僕はここが、第二期EDを評価するときに見逃せない部分だと思う。
EDテーマを毎週流れる一曲で終わらせず、別バージョンを通してキャラクターコンテンツへ育てているんだ。
ED映像と「ロマンティック」が第2期にもたらす意味とは?
第二期初回放送後の2026年7月18日には、「ロマンティックがほしいなら」のノンクレジット映像も公開された。
アニメのEDって、本編を観終えたあとに流れるから、つい次回予告までの“休憩時間”として扱ってしまうこともあるよね。
でも『逃げ上手の若君』の場合は、EDまで含めて一話の感情設計として見ると面白い。
本編の時行が置かれている状況は、決して軽くない。
1333年、鎌倉幕府が滅亡し、北条一族である時行は諏訪頼重のもとへ逃れる。
そこから雫、弧次郎、亜也子、風間玄蕃、吹雪ら仲間との関係を築きながら、「逃げる」という異色の才能を武器に生存と再起を目指していく。
第二期では物語のスケールもさらに広がる。
時行はただ追われるだけの少年ではなく、北条の名を背負いながら仲間とともに前へ進む立場になっていく。
責任が増える。
敵も増える。
関係する人物も増える。
当然、物語の緊張感も高くなる。
そこで毎週の最後に置かれるのが「ロマンティックがほしいなら」なんだ。
この配置を、単純な「重い本編のあとに明るい曲を流して気分転換するため」とだけ捉えると、少しもったいない。
物語論で考えると、巨大な歴史ドラマほど重要になるのが、登場人物の個人的な欲求だからだ。
誰と一緒にいたいのか。
誰から認められたいのか。
誰を守りたいのか。
誰に嫉妬するのか。
何を失いたくないのか。
歴史上の出来事を動かすのは軍勢や政治だけど、視聴者がキャラクターへ感情移入する入口になるのは、こうした極めて個人的な気持ちだったりする。
だから「ロマンティック」という言葉は、歴史アニメと遠いようでいて、実はかなり本質的なんだ。
歴史を動かす人物にも、歴史とは関係のない瞬間がある。
僕は第二期EDが、そこを拾っているように感じる。
年号や戦の結果だけを見れば、北条時行は歴史上の人物だ。
でも『逃げ上手の若君』を一話ずつ追っている視聴者にとっては、歴史上の記号ではない。
笑って、逃げて、驚いて、仲間と過ごしている「今を生きている少年」として見えてくる。
ポップなEDは、その距離をさらに縮める装置になっているんじゃないかな。
「ロマンティックがほしいなら」のCD発売日と収録曲は?
「ロマンティックがほしいなら」は2026年7月18日に配信を開始し、CDシングルは2026年8月19日に発売された。
価格は2,500円(税込)、品番はAICL-4932。
7inchレコードサイズのアニメ描き下ろし紙ジャケット仕様で、裏面にはアーティストジャケットを用いたリバーシブルデザインが採用されている。
収録曲は4曲だ。
- 「ロマンティックがほしいなら」
- 「鎌倉STYLE (チョベリグ!Remix)」
- 「ロマンティックがほしいなら (Anime Edit)」
- 「ロマンティックがほしいなら (Instrumental)」
ここで注目したいのは、第一期EDだった「鎌倉STYLE」がRemixとして収録されていること。
第二期のシングルでありながら、第一期のEDも一緒に振り返れる構成になっている。
これによって、二期連続でEDを担当したぼっちぼろまるが、同じ『逃げ上手の若君』という作品をどう違う角度から音楽にしたのか比較しやすくなった。
第一期と第二期を別々の曲として切り離すのではなく、一枚のパッケージの中でつなぐ。
この設計はシリーズ作品のシングルとしてかなり気が利いていると思う。
Anime Editが収録されているのもポイントだ。
テレビで毎週耳にしている尺と、フルサイズの楽曲では印象が変わることがある。
さらにInstrumentalではボーカルを外したアレンジそのものに意識を向けられる。
アニメ主題歌って、どうしても歌詞や歌手へ目が行きやすいけれど、伴奏をじっくり聴くと「この音がキュートさを作っていたのか」と気づく瞬間もある。
初回仕様ではCDサイズのジャケットカードと、ぼっちぼろまるおよびゲストボーカル3人をイメージしたキャラクターのオリジナルステッカー4種が封入される案内も出ていた。
ただし初回仕様は在庫がなくなり次第、通常仕様へ切り替わる。
2026年10月現在、購入を検討する場合は、初回仕様や店舗別特典が現在も付属するとは限らないため、最新の商品ページで内容を確認してほしい。
『逃げ上手の若君』第2期EDをどう見る?作品構造から考察
ここからは僕なりの考察になる。
「ロマンティックがほしいなら」の最大の面白さは、歴史アニメのEDでありながら、歴史を説明しようとしていないことだと思う。
『逃げ上手の若君』を検索すると、どうしても北条時行は実在したのか、足利尊氏との関係はどうだったのか、中先代の乱とは何なのか、といった歴史的な疑問が中心になる。
もちろん、それは作品の重要な魅力だ。
でもアニメとしての『逃げ若』が面白いのは、史実を追体験させるだけではなく、その歴史上の人物を「キャラクター」として猛烈な勢いで生き返らせているところだと僕は思う。
歴史上の偉人だから、四六時中格好いいわけじゃない。
武士だから、戦のことしか考えないわけでもない。
生き延びたい。
褒められたい。
仲間といたい。
好きな人に振り向いてほしい。
嫉妬する。
照れる。
こうした感情は歴史書の年表には残りにくいけれど、物語ではむしろ重要になる。
「ロマンティックがほしいなら」は、そういう歴史書に記録されない感情をポップミュージックの側から補うEDとして見ると、かなり面白いんだ。
本編の緊張を消すのではなく、別の感情を重ねるED
アニメのEDには、一話の感情を着地させる役割がある。
激しい戦闘で終わった回。
笑える回。
仲間との関係が深まった回。
不穏な余韻を残した回。
どんなエピソードでも、その直後に同じEDが流れることで、作品には毎週戻ってくる場所が生まれる。
ただ、「ロマンティックがほしいなら」は静かなバラードで感情を落ち着かせるタイプではない。
むしろポップな方向から、本編とは違う温度を加える。
僕はこれを、緊張感の「リセット」ではなく再照明だと考えている。
舞台で照明の色を変えると、同じ役者でも違う表情に見えるよね。
EDもそれに近い。
本編で勇敢に戦っていたキャラクター。
逃げ続けていたキャラクター。
厳しい判断を迫られていたキャラクター。
そんな彼らを、EDではもっと日常的で個人的な感情を持つ少年少女として見直す。
同じキャラクターなのに、当てる光を変えるだけで見え方が変わる。
第二期EDの価値は、そこにあると思う。
日向坂46の3人が「かわいい」を一種類に固定しなかった
もう一つ注目したいのが、女性ゲストボーカルを一人ではなく3人迎えたことだ。
ぼっちぼろまるが示した方向性は「やきもちガール」。
小坂菜緒のコメントからは、レコーディングで複数の「かわいい」を意識し、表情をつけて歌ったことが分かる。
ここから見えてくるのは、今回の楽曲が「かわいい声を入れれば完成」という単純な発想ではないことだ。
かわいいにも、甘さがある。
少し拗ねた感じもある。
小悪魔的なニュアンスもある。
恋愛感情って一色じゃないんだよね。
好きだから素直になる場合もあれば、好きだから意地を張ることもある。
相手を信じていても嫉妬することがある。
そういう矛盾を複数の声で表現できるのが、今回のコラボの強みだと思う。
もちろん公式が「この声はこのキャラクターの心情を表している」と明言しているわけではない。
だから、「これは絶対に雫の歌だ」「この部分は亜也子を意味している」と断定するのは避けたい。
でも、視聴者が本編の人間関係と重ねて自由に受け取れる余白はある。
公式が答えを固定していないからこそ、EDが本編を見るための“解釈のレンズ”になる。
ここはアニメソングならではの楽しみ方だと思う。
「歌手の続投」ではなく「音楽ブランドの継続」と見ると面白い
そして僕が最も評価したいのが、ぼっちぼろまるを二期連続で起用しながら、楽曲の性格を大胆に変えたことだ。
同じアーティストを使うこと自体が重要なのではない。
同じ人が、同じ作品を別角度から解釈していることに意味がある。
第一期を知っている視聴者には「またぼっちぼろまるだ」という安心感がある。
日向坂46のファンには、第二期から作品へ触れる新しい入口がある。
そして第一期から追いかけている人には、「前と全然違う」という発見がある。
シリーズの連続性。
新鮮さ。
新規ファンへの入口。
この三つを一曲で成立させている。
さらに諏訪神党三大将によるカバーまで展開したことで、楽曲はED映像の枠を越えてキャラクターコンテンツへ変わった。
本編を見る。
EDを聴く。
日向坂46の3人を知る。
三大将版を聴いてギャップを楽しむ。
もう一度オリジナルを聴く。
そこから再び本編へ戻る。
ファンマーケティングの観点では、この循環がかなり強い。
主題歌が作品の外側に置かれた宣伝物ではなく、ファンが作品世界で遊ぶためのハブになっているからだ。
これこそ、今回のEDに加わった一番面白い価値だと僕は考えている。
まとめ:第2期EDは「歴史の裏側にある青春」を聴かせる
『逃げ上手の若君』第二期EDは、ぼっちぼろまる「ロマンティックがほしいなら feat. 小坂菜緒, 正源司陽子, 藤嶌果歩(日向坂46)」だ。
2026年7月11日にED担当と日向坂46から3人が参加することが発表され、その時点ではメンバー名を伏せる仕掛けを採用。
7月17日の第二期初回放送を経て、7月18日に小坂菜緒、正源司陽子、藤嶌果歩の参加が正式に明らかになり、同日に楽曲配信とノンクレジットED映像の公開も行われた。
第一期「鎌倉STYLE」に続く、ぼっちぼろまるの二期連続起用。
でも、第二期は単なる続編曲じゃない。
「やきもちガール」を軸に、恋や嫉妬といった個人的な感情へ焦点を当て、日向坂46の3人による異なる声の表情を加えた。
そして8月8日には諏訪神党三大将によるカバーも公開され、EDテーマそのものがキャラクターコンテンツへ広がっている。
僕はこの曲を、「歴史の外側にある青春」を拾うEDだと感じている。
鎌倉幕府が滅びる。
勢力が争う。
戦が起きる。
北条時行は歴史の大きな渦へ巻き込まれていく。
でも、その瞬間を生きている本人たちにとって、毎日は「歴史」じゃない。
今日なんだ。
笑ったり、悩んだり、誰かを好きになったり、嫉妬したりする現在の連続なんだよね。
後世から見れば、歴史は年号と事件へ圧縮される。
アニメはそこに、もう一度「人間」を戻せる。
だからこそ「ロマンティックがほしいなら」の現代的でラブリーな感覚は、『逃げ上手の若君』の世界から浮いているのではなく、歴史上の人物と現代の視聴者との距離を縮める役割を果たしているように思う。
第一期EDを担当したアーティストが、第二期では別の光を作品へ当てる。
そこへ日向坂46の3人が加わり、さらに武将たちによるカバーへ展開する。
ここまで含めて、「ロマンティックがほしいなら」は第二期ならではのEDになった。
本編だけを追っている人も、EDを飛ばさず一度じっくり聴いてみてほしい。
北条時行たちの「歴史」だけじゃない。
その歴史の中を生きている少年少女の「今」が、少し違って見えてくるはずだ。
よくある質問
『逃げ上手の若君』第2期EDの曲名は?
ぼっちぼろまるの「ロマンティックがほしいなら feat. 小坂菜緒, 正源司陽子, 藤嶌果歩(日向坂46)」だ。
『逃げ上手の若君』第二期のために書き下ろされた楽曲で、2026年7月18日に配信を開始。CDシングルは8月19日に発売された。
第2期EDに参加している日向坂46メンバーは誰?
小坂菜緒、正源司陽子、藤嶌果歩の3人。
2026年7月11日のED発表時には「日向坂46から3人」という情報までしか明かされず、第二期初回放送を経て7月18日に3人の名前が正式公開された。
ぼっちぼろまるは第一期EDも担当していた?
担当している。
第一期EDは「鎌倉STYLE」で、第二期の「ロマンティックがほしいなら」によって二期連続のED担当となった。第二期EDのCDには「鎌倉STYLE (チョベリグ!Remix)」も収録されている。
神崎悠真|アニメ批評家・脚本研究家・ファンマーケター



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